お蔭様をもちまして、丸や運送は本年創業80周年、法人設立40周年、
本社移転30周年の節目の年を迎える事が出来ました。
弊社は、昭和六年に福島県安達郡針道村(現在二本松市東和地区)の地にて、
佐藤会長のお父様・百治さんとお母様・カネ前会長が丸や運送店を開業しましたが、
昭和25年5月に百治さんがフィリピン島で戦死し、その後、カネ前会長が女手1つで
5人の子供を育てながら立派に経営して参りました。
昭和43年4月に二本松市の榎戸に間口10間、奥行き12間の土地120坪を購入し、
本店を針道から二本松に移転し、昭和46年6月に丸や運送店を社員7名、
トラック5台で法人化し有限会社丸や運送を設立、代表取締役社長に佐藤興司現会長が就任致しました。
昭和56年、佐藤会長が40歳の時に今の中里に本社を移転。
平成3年6月1日に有限会社から株式会社に組織変更致しました。
これからも全グループ社員一丸となり、決意も新たにして、一層社業に精励し、御取引先様から、
『喜んで頂ける、お客様の喜びが私達の喜び』の信念で、皆様の御厚情に報いられるよう精一杯努力して参ります。
何卒、今後とも、ご指導ご支援賜ります様、お願い申し上げます
尚、記念祝賀会の開催を準備しておりましたが、原子力発電所の放射能問題等を考え、
中止致しました。
記念品として、旧二本松藩の【戒石銘碑】を御影石に彫り込みました。
【戒石銘】は、5代藩主丹羽高寛が藩儒学者・岩井田作非の進言で藩士を戒める為に彫らせたものです。
起源は中国にあるとされています。
『爾 俸 爾 禄
民 膏 民 脂
下 民 易 虐
上 天 難 欺』
読み方
『爾(なんじ)の俸(ほう) 爾(なんじ)の禄(ろく)は
民(たみ)の膏(こう) 民(たみ)の脂(し)なり
下民(かみん)は虐(しいた)げ易(やす)きも
上天(じょうてん)は欺(あざむ)き難(がた)し』
意味
『お前(武士)がお上から戴く俸禄は 民の汗と脂の結晶である
下民は欺き易いけれど 神を欺くことはできない』
解釈
『お前(武士)の俸給は、民があぶらして働いたたまものより得ているのである。
お前は民に感謝し、いたわらねばならない。この気持ちを忘れて弱い民達を虐げたりすると、
きっと天罰があろうぞ』